不協和音
   ...第1幕――「お泊り」...





「あ、ありがとうございます。これがなかったら一晩中あそこで草刈りしてるところでしたから…」
「いいのよいいのよ、困ってる人を見つけたら助けるのは当然でしょ♪(それが利益になりそうならだけど…)」

大切なディスクを見つけてくれた少女の希望であるオダマキ博士との面会を果たすため、3人はとりあえず街の入り口まで戻ってきた。
その道すがら、少女は自らを「ブルー」と名乗った。
背丈はユウキより少々大きく、年齢を聞くと「ヒミツ★」とはぐらかされてしまった。
そして先程の丸っこいものはプリンというポケモン。雑誌でしか見たことのない、可愛らしいポケモンにハルカはメロメロになっていた。

「可愛いなぁーいいなぁー…ねぇブルーさん、この子どこで捕まえられるんですか?」
「うーん…私この地方は初めてだからちょっとわかんないわねぇ。…ん?ここかしら?」

いつの間にか、3人の前に大きな建物がそびえ立っていた。






「ここが父さんの研究所ですよ。…でもいるか分からない。」

ユウキが呟き、ドアのノブを握る。
オダマキ博士はユウキの父親で、ここホウエン地方のポケモンの権威だ。
彼の研究のおかげで、ホウエンのポケモンの分布が少しずつ解明されてきているのはブルーも聞いているようだった。

「普段は野山に出てポケモン採取してるから…父さん、お客さんだよー。」

つかつかと中へ入っていくユウキを追いかけ、ハルカとブルーも中へ入る。
研究所の中は分厚そうな本が所狭しと山積になっており、壁際に並べられた棚には多くのモンスターボールが置かれていた。

「博士っていうからにはどこも同じね…」

ブルーが一言呟き、棚の上を見ていると、奥の部屋からどたばたと足音を響かせながらひとりの男が現れた。もっさりした風貌で、よれよれの白衣を身にまとっている。
多分というか、絶対この人がオダマキ博士だ。心の奥でそう思いながらも、ブルーは前へ出た。

「あなたがオダマキ博士ね?」
「やー…確かに私はオダマキだが…ユウキ、このお嬢さんは?」
「ブルーさんだよ。父さんに会いに来たんだって。」
「よろしく♪早速なんだけど…博士、この地方の伝説のポケモンについての資料をちょーっと見せていただきたいんだけど…♪」

彼女の言葉に、3人がえ、という顔になった。ハルカとユウキは伝説のポケモン、オダマキ博士は資料、というところに。

「「伝説のポケモン!?」」
「な、何で君が資料のことを…!!」

3人の声が綺麗にハモり、造りのしっかりした研究所内に響く。奥のほうで作業をしていた研究員が何事かと振り返る。
その表情を見渡し、ブルーは満足げに笑みを浮かべると1枚のディスクを取り出した。ごくありきたりなフロッピーディスクのようだが。

「これ、ちょっと色々あって手に入れたの。この中にご丁寧に色々書いてあったわよ。ホウエン地方に昔から伝わる『2匹のポケモン』のこと。
 ―そしてそれを調査する研究者たち…オダマキ博士の名前、一番上にあったからここへ来たのよ。」
「な、な…誰なんだ一体!?」
「このディスクの製作者は、でしょ?…そうねぇ、『あくのそしき』とでも言っておこうかしら。いつかあなたも狙われるかもしれないわよ?」

ずい、とオダマキ博士の前へ歩み出て、目を輝かせるブルー。

「ね?私がそいつらより先にそのポケモンちゃんを捕まえてきてあげるから…博士、お願い!」
「…だ、駄目に決まっているだろう!何処の誰だかわからんが…」

後退るオダマキ博士に「なかなか隙がないわね」と聞こえないように呟き、ブルーはどうしようかしら、と腕を組んだ。

「そうねぇ…他でも当たろうかしら。折角『カントーの伝説のポケモン』の資料もあったのに…」

その言葉に、今まで渋い顔をしていたオダマキ博士の表情がぴくり、と動いた。
表情の変化に気付いたブルーはしめしめと思いながらも更に言葉を続ける。

「これさえあれば、ものすっごいポケモンが捕まえられるのよねー…あぁどうしようかしら。」








「…男の人って単純ですね。」
「まぁ、そんなモンよ。特に何かに没頭する人なんてね。うふふ。」

資料の分別を手伝いながら、ハルカはブルーの方を見る。
結局オダマキ博士はブルーの誘惑に負け、一部制約はあるものの(資料は「見るだけ」とか)、膨大な数の伝説のポケモンに関する資料を見せてくれることになった。
資料は別の部屋に保管されており、博士曰く「どれもあまり確証はないが、ひとつひとつの謎を解ければ核心に迫ることはできるだろう」と。
その言葉にハルカは苦笑を漏らさざるを得なかったが、ブルーにしてみれば充分らしい。

「ねぇ、ブルーさん…ブルーさんは何の為に伝説のポケモンを見つけているんですか?」
「そうねぇ…平たく言えばお金のためよ。伝説のポケモン、ってだけで、どれだけのお金が動くか分かる?」
「ぇえ!?伝説のポケモン売っちゃうんですか!?」
「それは流石に売らないわよ…私だって興味あるし。でもね、それに関連したもの…例えば出現を鮮明にとらえた写真とか、波長を捉えたデータとか。さっきオダマキ博士にあげたのはその「波長」のデータね。」
「へー…でも波長って。」
「そう、エスパーポケモンに限るものね。…他のポケモンにも波長みたいなものがあるみたいなんだけど、ちょっと今の技術じゃ引き出せないわね。」

黄ばんだ紙をぺらぺらとめくり、ブルーは軽く唇を舐める。ふと、その手が止まる。

「…あら、この資料、破れてる…」
「ほんとですね。でもこういうのに限って重要な手がかりだったりするんですよねー…」

古い本の真ん中あたりがごっそりと破れている。他のページにもシミが多い。
薬品でもこぼしたのかな、とハルカがそれを覗いていれば、ブルーはすくっと立ち上がった。本を持ったまま。

「ぶ、ブルーさん?」
「これで十分。破れたページもすぐに補えるかもしれないわ。」
「えぇ!?そ、そんなに簡単に…?」
「おとぎ話とか推理小説じゃあるまいし…まぁ、これくらいの本なら図書館とかにあるんじゃないかしら…」

それを閉じ、振り回しながらブルーは部屋を出て行く。
入れ違いに資料を山のように抱えてきたユウキは、その背中を見てぽかんと突っ立っているだけだった。

「いらなくなっちゃった、それ。」
「………」

あっさりと博士との約束を破った彼女に、ハルカは苦笑を漏らさざるを得なかった。







陽もだいぶ傾いてきた。子供達が家へ帰るために近所の森から出てくる。
それをぼんやりと眺めていたブルーは、先程こっそり持ち出した本をぱらぱらとめくった。
古代の遺跡やらに描かれていたらしい壁画の写真や、各地に伝わるポケモンに関する民話や童謡などが書かれている。

(思いがけない収穫ね…儲け儲けっ)

近くにあった公園のベンチに腰を下ろし、懐から手帳を取り出すと、あるページを開いてそこと見比べたり、手帳に何やら書き込んだりする。
そのうちに、彼女の表情がみるみる変わっていった。
歓喜ではなく、険しさ。

「な、何よこれ…!ばっかじゃないの…!」

ブルーは何度も手帳と本を確認する。しかしその表情は変わることなく、更に険しくなるばかりだった。
ぎり、と小さく唇が噛み締められる。そのまま立ち上がり、ポケットから携帯電話を出すと耳に押し当て、苛々と足を地面に打ちつけた。

「―――遅い。…ええ、予想通り…そっちはね。でも、その先が予想外なのよ…これはまずいかもしれない。」

暫く電話で話し、そしてブルーはその電話を持ったまま腕をだらり、と下に垂らすと、通話オフのボタンを押した。
切る直前、電話の向こうで若い声が『気をつけろよ』と呟いていた。

「…あ、ブルーさん!」

突然、背後から声を掛けられる。くる、と振り向くと、そこにはハルカがにこにこしながら立っていた。足元でアチャモがぴー、と小さく鳴いてブルーを見上げている。

「急にいなくなっちゃったから心配したんですよー?」
「あはは、ゴメンゴメン☆あ、ねぇハルカちゃん、ポケモンセンターって何処にあるの?」
「あ、この街にはないんですよ…隣のコトキにならあるんですけど…」
「うーん…」

ブルーが顎に手を当て、どうしましょう、という顔をする。
ハルカは首を傾げていたが、すぐにそれを上げるとブルーを見た。

「ブルーさん、もしかして泊まる所探してますか?」
「あ?えぇ、ポケモンセンターなら宿泊施設もあるし、今日は結構あちこち行ったからこの子達も休ませたいし…」

そう言い、彼女は腰に付けられたモンスターボールを見下ろす。
その視線を追いながら、ハルカはにっこりと笑った。

「それなら、うちに来てください!お母さん、お客さんとか大好きだし、うちポケモンの回復装置もあるんですよ!」
「え?でも会ったばっかなのに…悪くなーい?」

こりゃもう泊まる気満々だな、と彼女の知り合いなら声を揃えて言うであろうブルーの声色にも全く気付かず、ハルカは大きく頷いた。

「ディスクを見つけてくれたお礼です!」

こうしてブルーは温かいベッドと美味しい食事を得たのでした。

























「まぁ、料理もそこそこ美味しかったわよー。やるわねぇ、アンタの奥さん。」
『はっは、ママは何でもこなせるからな。』
「惚気はもういい…」

深夜。電気の落とされたハルカの部屋。
暗い中、画面に映し出された男の顔を見ながら、ブルーは飽きれたように溜息を漏らし、久々にたっぷりとトリートメントを施した自前の長い髪を指に絡めた。
画面の向こうの男はあはは、と照れたように笑い、そしてブルーを見た。

『ハルカは?』
「もう寝たわよ。…でもまぁ、まさかハルカのお父さんがアンタだったなんてねぇ、センリ。」

画面の男は、トウカのジムリーダーをしているセンリ。ブルーとはそれなりの付き合いらしい。
「言ってなかったか?」ととぼける彼を軽く睨みながら、ブルーは深い溜息をついた。
しかし、夕食の席での会話がなければ、本当に気付かなかっただろう。ハルカは母親似だし、センリも娘が可愛いとはよく話しているが、名前までは聞いていなかったし。

「んもう…それより、アイツは?」
『ん?あぁ、明日こっちに来ると連絡が入ったよ。どうやら「彼ら」とも合流したらしい。』
「へー…了解。…ふぁぁぁあ…とにかく私寝るわー。明日来たら、ムロに先に行くって伝えといて。」
『分かった。』

そこでぶつ、と画面は途切れる。待機画面を映し出すパソコンの電源を落とし、ブルーは大きく伸びるとベッドの下に敷かれた布団に潜り込み、隣のベッドで寝息を立てるハルカを見上げた。

「…似ないわねぇ、ほんと。」

その呟きに、遥か遠くのセンリが小さくくしゃみをしたとか何とか。
ブルーはその視線を天井に向けると、頭の後ろで腕を組んだ。

「厄介ね…」

低い呟きは、ハルカの足元で眠るアチャモの小さないびきに掻き消され、彼女の耳にしか届かなかった。

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